読書

#読了「女帝 小池百合子」日本の病理とは? その2

連載の2作め。1作めはこちらからどうぞ。

☆都民なら投票前に知っておくべきエピソード

1 阪神淡路大震災

1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災。

仮設住宅の環境は劣悪、住まいも財産も失い、未来に絶望して自殺する人も相次ぎました。

被災した個人に税金で補償する法律はなかなか作られず、証券会社や住宅金融専門会社には公的資金がつぎ込まれるのに、自然災害で家を失った国民には1円の公的支援もない状態が長く続いていました(なんか最近も聞いたことあるような…)。

たまりかねた震災被害者の女性たちが翌1996年、数人で議員会館に小池氏を訪ねたことがあったそうです。

しかし、窮状を必死に訴える彼女たちに対し小池氏は、なんと指にマニキュアを塗りながら応じ、一度として顔を上げることをしませんでした。

すべての指にマニキュアを塗り終えた小池氏は次のように言ったそうです。

「もうマニキュア、塗り終わったから帰ってくれます?」

女性たちは大いにショックを受け、小池氏の部屋を出るやいなや別の国会議員のところになだれこみ、その場で号泣してしまいました。

2 北朝鮮拉致被害者のご家族に対して

2002年9月17日、当時の小泉純一郎首相は北朝鮮を訪問。

日本国民の多くがテレビに釘付けとなり報道に注目していました。

私もその一人です。あの頃は若かったなあ(笑)

さて、残念ながら、拉致問題を自分の人気取りのために利用しようとする国会議員は多くいました。

拉致問題は国民の関心がとても高いです。

また、国民に渦巻く北朝鮮に対する憤怒の情を巧みに利用することもできます。

自分の選挙を有利にするためだけに拉致議連に入ったり、

拉致被害者のご家族との写真を宣伝に利用としたりする議員が後を絶ちません。

小池氏がそうだったのかどうかは私は判断しませんが、ぜひ知っておいていただきたいエピソードがあります。

死亡という知らせを聞かされ、記者会見で横田めぐみさんの父、滋さんはマイクを握ったものの、涙に言葉を詰まらせてしまいます。

妻の早紀江さんが気丈にも自分の思いを、夫の分まで訴えました。

そんな夫婦の真後ろに立ち、黄緑色のジャケットを着た小池氏の姿はとてもテレビで目立っていました。小池氏は被害者家族の肩に手を回しつつ、涙を拭ってあげるのでした。

さて、テレビが報じたのはここまでです。

会見が終わるやいなや、慌ただしく引き揚げていく政治家と取材陣。

部屋には被害者家族と関係者だけが残されました。

部屋はまだ、大きな悲しみに包まれています。

とそこへ、いったん退出した小池氏が足音を立てて慌ただしく部屋に駆け込んできました。

彼女は大声で叫びます。

「私のバッグ。私のバッグがないのよっ!」

部屋の片隅で小池氏はバッグを見つけることに成功します。

すると、横田夫妻もいる部屋で彼女は言いました。

「あったー、私のバッグ。拉致されたかと思った。」

このときの様子は、同じ拉致被害者家族である蓮池透さんが、2018年になってからツイートしています。

3 その他

全部書いているとキリがないですし、小池氏を貶めることが本記事の目的でもないので、

以下は箇条書きにします。

・環境大臣として、水俣病の被害者やアズベストによる被害者にまったく寄り添おうとしない。(いずれも小池氏の答弁を聞き「嘘つき!」と罵って大泣きしています)

・特定秘密保護法の審議で、質疑に立つ玉城デニー氏が国民からのFAXを示しながら質問しているところに、「日本語読めるんですか?」「わかるんですか?」とヤジを飛ばす。(玉城デニー氏は、沖縄県出身で、日本人の母とアメリカ人の父を持ちます)

・2016年の都知事選では「7つのゼロ」という公約を掲げてトップ当選を果たしますが、

そのどれ一つとして達成できておらず公約達成だけがゼロという状態です。

(続きます…)