主義・主張

日本における優生政策

連載物です。最初の記事はこちら

☆日本人種改良論

優生学というとドイツのヒットラーが有名ですが、実は優生学的なイデオロギーに基づいた政策(以下、「優生政策」といいます)は日本を含む世界各国で行われてきました。

日本では1884(明治17)年に、高橋義雄という人が「日本人種改良論」という本を出版しています。

高橋義雄さんは、日本と西洋との格差は文明・科学の差によるだけではなく、個々人の知力・体格の差でもあり、日本人は西洋人に比べて大きく劣っていると考えていたようです。

「日本人種改良論」には、「より優れた子孫を残し日本人種を改良するために、日本人は西洋人と結婚すべきだ」というようなことが大真面目に主張されています。

☆日本における優生政策

19世紀末から20世紀前半、いわゆる戦争の時代に、アメリカやドイツなど世界各国で優生学は研究されました。その成果は日本にも紹介されていきます。

第2次大戦中に、遺伝性疾患を持つ人を強制的に断種(手術によって生殖能力を失わせること。もちろん現在では、本人及び配偶者の同意なき断種はほとんどの国が禁じています)させる内容の法律なども可決しましたが、戦中はむしろ「産めよ殖やせよ」が国策であったため、それほど大々的には行われなかったようです。

日本の優生政策は、むしろ戦後になってから本格化します。

1948(昭和23)年に「優生保護法」が成立します。その後何度かの改正を経て、遺伝性疾患だけでなく、ハンセン氏病や遺伝性以外の精神病(精神障害)、精神薄弱(知的障害)を持つ患者が強制的な断種の対象として定められました。(なお、ハンセン氏病患者に対する優生手術は1915(大正4)年に既に始まっていましたが、後から優生保護法が法律的にお墨付きを与えた形です。)

優生保護法に基づく強制的な断種は、1949(昭和24)年から1994(平成6)年の間に、男女合わせて1万6千件も行われています(7割が女性です)。

優生保護法は1996(平成8)年の改正で「母体保護法」に名称自体が変更になり、障害者およびハンセン病患者などへの強制的な優生手術に関する条文は削除されました。よって現在の日本においては、本人および配偶者の同意のない断種は禁止されていることになります。

1996年になって、ようやく国際水準に並んだ形です。わずか24年前の話です。

2020年6月30日、旧優生保護法に基づいて不妊手術を強制された男性が国に賠償を求めた裁判で、東京地裁が請求を棄却する判決を言い渡したことがニュースになりました。

これは、不法行為に基づく損害賠償請求権が既に時効であるということが理由ですが、国策による人権侵害を、普通の交通事故などと同じように機械的に時効の規定を当てはめ結論づけようとすることには被害者救済の観点から問題が極めて大きいように思われます。

(つづく…)

私のような初心者に超おススメ!オンライン英会話無料体験はこちら