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長崎県佐世保市が原爆写真展の後援を断った件について憲法的に考察してみる その2

続きです。その1はこちら

☆問題の背景

実は、佐世保市教委が原爆写真展の後援を断ったのは今回が初めてではありません。昨年も同様の態度をとっています。

2019年の朝長則男佐世保市長による記者会見によれば、「写真展の開催自体は問題ないが、会場でのヒバクシャ国際署名への署名活動を後援することが好ましくない」というのが市の言い分であるようです。

ヒバクシャ国際署名は、「後世の人びとが生き地獄を体験しないように、生きているうちに何としても核兵器のない世界を実現したい」という想いから、2016年4月に被爆者たちによってはじめられました。詳細は公式ページをご覧ください。

長崎県内の自治体で、ヒバクシャ国際署名に応じていないのは佐世保市だけです。朝長市長は「本市の方針に合致しない」「署名するつもりはない」と明言して署名を拒否しています。

朝長市長は核兵器廃絶について「理想は全くその通りだと思う」としながらも「国はそこまで踏み込んでいない。国の立場を基本的に尊重していく」「現実は核の傘に入って、抑止力を行わないといけない」と発言しています。要するに、核兵器禁止条約に賛成していない日本政府に忖度しているのです。

また佐世保市は、核兵器廃絶を求める国内外の都市でつくる「平和首長会議」(会長都市は広島市)に九州で唯一参加していない自治体です(日本国内の99%以上の自治体が加盟しています)。理由を問われると「核抑止力は避け得ないもの」と言って憚りません。

東京在住の私が佐世保市の市長について適格性を論ずるのは筋違いかもしれませんが、長崎県内にこのような考え方の首長が存在することを私は非常に残念に思います。厚生労働省のホームページによれば、約136000人の方が今なお被爆者手帳を持っていらっしゃいます。

☆まとめ

「政治的中立性」と言うと尤もらしく聞こえますが、結局は現政権に忖度するための口実に過ぎず、佐世保市の後援拒否はむしろ憲法の趣旨に反するものと言わざるを得ません。

この理屈を認めてしまえば、あらゆる差別の撤廃や貧困の撲滅などに対しても、行政は何も協力しなくてよいことになってしまいます。行政はむしろ、憲法に沿った国や街を作る旗振り役でなければいけないと強く思います。

最後までお読みいただき真にありがとうございます。長崎への原爆投下は、広島より約3時間遅い11時2分でした。よろしければ、ともに黙祷を捧げましょう。

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